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福岡地方裁判所 昭和57年(ワ)3281号 判決

原告 奈良崎茂男

右訴訟代理人弁護士 坂本駿一

被告 三善知道

右訴訟代理人弁護士 春山九州男

右同 立石六男

主文

一、被告は、原告に対し、金二七三万円及びこれに対する昭和五七年一一月二六日から支払済みまで年三割の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。ただし、被告が金一〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 主文第一、二項と同旨

2. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の被告に対する請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 仮執行免脱宣言

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告は、訴外濱原千代子(以下「濱原」という。)に対し、昭和五七年八月二〇日、金三〇〇万円を次のとおりの約定で貸し渡した。

(一)利息の利率 月五分

(二)返済の方法 元金及び利息を別紙支払表のとおり分割し、右別表の支払期限日に原告方に持参又は送金して支払う。

(三)期限の利益の喪失 濱原が右利息金の支払を一回でも怠ったときは、残元金の支払につき期限の利益を失う。

(四)遅延損害金の割合 日歩一六銭

2. 濱原は、昭和五七年八月二八日に支払うべき利息の支払を怠った。

3. 被告は、原告との間で原告と濱原との前記1の契約締結に際し、右契約から生ずる濱原の債務につき連帯保証した。

4. 仮に右3の事実が認められないとしても

(一)  濱原は、原告との間で、前記1の契約を締結するに際し、被告のためにすることを示して原告が前記1の契約から生ずる濱原の債務を連帯保証する旨の契約を締結した。

(二)  被告は、右連帯保証契約を締結するに先立ち、濱原にその代理権を与えた。

(三)  仮に右(二)の事実が認められないとしても

(1) 被告は、濱原に対し、濱原がローン会社から金二五万円を借入するにつき、被告と同ローン会社との保証契約を締結する代理権を与えた。

(2) 被告は後記のとおり、濱原に対し、自己の実印と印鑑証明書を交付することにより、右の代理権を与えた旨表示した。

(3) 原告は、前記(一)の連帯保証契約を締結するに際し、濱原にその代理権があると信じた。

(4) 原告が右(2)のように信じたことについては、次の各事実があるから正当の理由がある。

(ア) 濱原は、前記(一)の契約を締結するに際し、被告の実印、印鑑証明書及び被告の自署した金銭借用証書を所持しており、右印鑑証明書を原告に交付した。

(イ) 原告は、原告の知人である訴外大竹里治から、被告と濱原とが大変親しい間柄であると聞いていた。

よって、原告は被告に対し、右連帯保証契約に基づき濱原に対する貸金三〇〇万円のうち二七三万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五七年一一月二六日から支払済みまで利息制限法所定範囲内の約定三割の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1の事実は知らない。

2. 右同2の事実は知らない。

3. 右同3の事実は否認する。

4. 右同4(一)及び(二)の事実は否認する。同(三)(1)の事実は認め同(三)(2)、(3)の事実は否認する。同(三)(4)正当の理由があるとの事実は、次の各事実があるから否認する。

(一)  原告は、被告に直接照会して濱原の代理権の有無を確認することをしなかった。

(二)  請求原因1の消費貸借契約書の金額欄が空白であり、同契約締結前には支払方法も定まっていなかった。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因1の事実については、〈証拠〉を総合すれば、これを認めることができる。

二、また、被告は、濱原が昭和五七年八月二七日までに同日支払分の利息金を支払った旨の何らの主張・立証をしない。

三、請求原因3、4(二)の事実を認めるに足りる証拠はない。

1. すなわち、証人濱原千代子の証言(一部)及び原、被告各本人尋問の結果によると濱原は、前認定の請求原因1の消費貸借契約を締結する際、被告自身が連帯保証人欄の住所・氏名を記載し、自己の名下にその実印を押捺した(その余の部分は借主名及び印刷された文字を除き空白)金銭借用証書(甲第一号証)、被告の印鑑登録証明書及び被告の実印を持参し、右の消費貸借について被告が連帯保証する旨原告に告げたこと、最終的に貸借の金額、元利金の支払方法、遅延損害金の割合等が合意され、これらが右金銭借用証書に記入され、濱原の所持していた被告の実印で、印紙との割印、いわゆる捨印、別紙との契印が押捺されたことが認められ、証人濱原千代子の証言中右認定に反する部分は措信しない。

2. 一方、被告本人尋問の結果によると、被告は、その娘が濱原の娘の友人であったことから濱原と知り合い、その営むスナック「南条」の客となったほか、昭和五六年四月及び一一月に、濱原が金融機関からそれぞれ一〇〇万円と三〇〇万円を借り受けた際に連帯保証人となったことがあること、被告は、昭和五七年八月一九日ころ、濱原から右スナック「南条」の台所の改良工事の代金二五万円についていわゆるローンを組むについての連帯保証人となることの依頼を受け、これを承諾し、濱原から求められるままに右ローンの契約書及びその添付書類という説明を受けた金銭借用証書の用紙に住所・氏名を記入し、実印を押捺した上、印鑑登録証明書二通を濱原に交付したこと、その際ローンの契約書用紙に誤記をしたけれども、新しい用紙の交付を受けるまでには被告は出張で福岡を離れなければならないため、実印をも濱原に預けることとしたこと、が認められる。証人濱原千代子の証言中右の認定に反する部分は、被告と濱原との右認定程度の関係からすると、一年余の短期間に濱原の一〇〇万円及び三〇〇万円の借金について連帯保証をしていることに加え、更に三〇〇万円もの借金について連帯保証することを容易に承諾することは不自然であり、にわかに採用し難い。

3. 右認定の事実によると、甲第一、第二号証をもって請求原因3、4(二)の事実を認めることができないし、右にそう証人濱原千代子の証言も前記のとおり措信できず、他にこれらを認定するに足りる証拠はない。

四、前記三1認定の事実によると、濱原は被告の代理人として原告に対し、濱原の請求原因1の契約から生ずる債務について連帯保証をなすことを約したと言うべきである。

五、請求原因4(三)(一)の事実は当事者間に争いがない。

そこで、同4(三)(3)、(4)の事実について判断する。

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告は、濱原から、被告が署名しその実印が押捺された金銭借用証書及び印鑑登録証明書を示され、かつ濱原が被告の実印を所持していることから前記四の連帯保証契約が被告の意思に基づくものであると信じたことを認めることができる。

そして、前認定のとおり、濱原は、右連帯保証契約締結の際、被告の署名がありかつ実印の押捺してある金銭借用証書及び被告の印鑑証明書を交付するとともに、所持していた被告の実印を用いて右金銭借用証書の印紙の割印、捨印を押捺しているのであるが、印鑑証明書や実印の所持は日常取引において実印による行為について行為者の意思確認の手段として重要な機能を果たしており、原告が右のとおり被告の印鑑証明書の交付を受けるとともに濱原が被告の実印を所持していることを確認している以上、特段の事情のない限り、右連帯保証契約の締結が被告の意思によるもの(濱原がその代理権を有する)と信じたことにつき正当の理由があるというべきである。そして、なるほど、原、被告各本人尋問の結果によると原告は被告に対し直接右意思を確認する手段は取っておらないことが認められ、また、濱原は被告の代理人として自己の債務についての連帯保証契約を締結しているのであるから一般的には、代理権の濫用されるおそれのある場合であり、被告の意思の確認に慎重さを求められる場合であってとは言いうるけれども、本件の連帯保証契約により被告(保証人)の負担する責任の限界は明確であり、いわゆる根保証のように保証人に特に苛酷な責任を負わせる可能性のあったものでもないし、被告と濱原との関係が前三1認定のとおりであって、特段の身分関係もないのであるから、そのような濱原が被告の実印等を所持していることは、被告と特別の身分関係のある者がこれらを所持している場合に比べ、濱原が本件の連帯保証契約を締結する代理権を有しているとより信じさせる事情であると考えられること、更に本件の連帯保証契約締結の日である昭和五七年八月二〇日当日に原告が被告に電話等により連絡をとってその意思を確認することが容易であったか否かが判然としないし、原告が金融業者であると認めるに足りる証拠もない。以上の事情のもとでは未だ右の特段の事情があるとは認められない。

六、以上の事実によれば、本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条第一項を、仮執行免脱の宣言につき同条第三項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 水上敏)

〈以下省略〉

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